KTM 990 DUKE と 1390 SUPER DUKE R EVO──LC8c と LC8、二本立てで攻めるオレンジの現在地
KTM最新世代の990 DUKEと1390 SUPER DUKE R EVOを、エンジン設計・シャシー思想・電子制御の構造から読み解く。
「中間排気量」という言葉が似合わないミドルクラスの到来
バイクの世界で「ミドルクラス」という区分は長らく曖昧だった。600ccスーパースポーツが全盛だった時代にはリッタークラスの下、という位置づけでしかなく、ネイキッドにおいても似たような扱いを受けてきた。ところがKTMが送り出した990 DUKEは、そうした序列意識を根底から崩す一台である。公称最高出力123PS(メーカー発表値)、車両重量は燃料込みで189kg(同)。数字だけを見れば従来の「ミドル」の殻を完全に突き破っている。
一方、フラッグシップの1390 SUPER DUKE R EVOはさらに過激だ。LC8エンジンを1350ccから1390ccへとボアアップし、公称190PS超を叩き出す。両車は排気量こそ400ccの差があるが、共通するのはKTMが「READY TO RACE」と掲げ続けてきた設計哲学──つまり、公道走行可能な車両にレーシングマシンの論理をどこまで注入できるかという問い──を、2025年モデルイヤーの技術で再定義した点にある。
この二台を並べて語る意味は大きい。KTMは2022年以降の経営再編を経て、バイエル(Pierer Mobility AG)傘下でのブランド再構築を進めてきた。ラインナップの整理と集中が叫ばれるなかで、あえてミドルとフラッグシップの両軸を同時に刷新したことは、オレンジの矜持そのものである。
Photo: Ktm990 by Onjacktallcuca, via Wikimedia Commons (Public domain)
LC8cエンジンの設計思想──990 DUKEが「ただの二気筒」ではない理由
990 DUKEの心臓部であるLC8c(Liquid Cooled 8-valve compact)エンジンは、従来の890 DUKEに搭載されていたユニットの正常進化ではあるが、その変更幅は単なるボアアップの域を超えている。ボア×ストロークは90mm×78.2mmとされ、排気量は947ccに達する(KTM公式スペックシートによる)。75度Vツインという基本レイアウトこそ先代と共通するものの、クランクシャフトの慣性モーメントやバランサーの配置が見直されたとされる。
ここで注目すべきは、KTMが伝統的に採用してきたVツインの挟み角である。75度という数値は、90度Vツインほどの完全一次バランスは得られないが、エンジン前後長を抑えることでマスの集中に寄与する。ドゥカティのL型90度ツインが縦方向のコンパクトさを追求したのとは異なるアプローチであり、KTMの場合はフレームへの搭載姿勢──やや前傾させた状態でスチールトレリスに吊る──と組み合わせることで、車体全体の重心高を設計者の意図する位置に収めている。一般に、Vツインの挟み角が狭いほど不等間隔燃焼のパルス感が強まるとされるが、75度という角度は「整然とした回転フィール」と「ツインらしい鼓動」の折衷点を狙ったものと解釈できる。
電子制御スロットルはライドバイワイヤで、6軸IMU(慣性計測装置)がピッチ・ロール・ヨーの各方向に加え、それぞれの角速度を常時モニターする。コーナリングABSやトラクションコントロールの介入精度を決定づけるのはこのIMUの分解能であり、KTMはBosch製ユニットを採用していることが広く知られている。重要なのは、こうした電子デバイスが「速く走るため」だけでなく、「日常の安心感」に直結している点だ。ウェット路面でのブレーキング、交差点でのUターン、砂利の浮いた路肩──こうした場面での制御介入がライダーの負担を減らす。
燃料噴射はデュアルインジェクション方式で、低回転域と高回転域でそれぞれ異なるインジェクターが作動する。この構造により、アイドリング付近のスロットルレスポンスの滑らかさと、高回転域での充填効率の両立を図っているとされる。
📺 関連映像: KTM 990 DUKE 2025 ride review — YouTube で検索
1390 SUPER DUKE R EVO──「THE BEAST」の名は伊達ではない
フラッグシップたる1390 SUPER DUKE R EVOの話をしよう。「THE BEAST」という非公式な愛称で呼ばれ続けてきたSUPER DUKEシリーズは、初代990 SUPER DUKE(2005年登場)から数えて約20年の歴史を持つ。現行の1390は、先代1290からの排気量拡大に加え、シャシーとサスペンションに大幅な手が入った世代である。
エンジンはLC8プラットフォーム。ボア×ストロークは108mm×76mmとされ、排気量は1390cc(KTM公式発表)。圧縮比は13.5:1と高く、公称最高出力は190PSを超える。トルクも140Nm以上と発表されており、この数値はリッターSSの領域に迫る。だが車両のキャラクターはスーパースポーツとは明確に異なる。アップライトなライディングポジションと幅広いハンドルバーによって、ライダーは上体を起こしたまま加速に備えることができる。この「ネイキッドとしてのポジション」で190PSを受け止めるという構図が、SUPER DUKEシリーズ最大の存在意義である。
EVO の名を冠するグレードには、WP APEX PRO 7548 セミアクティブサスペンションが標準装備される。このサスペンションは、走行状況に応じて減衰力を電子的にリアルタイム調整するもので、路面からの入力に対してミリ秒単位で応答する。一般的な手動プリロード調整式と比較すると、ライダーが「硬いか柔らかいか」を悩む時間そのものが消えるのが最大の利点だ。街乗りではしなやかに動き、ワインディングでペースを上げれば自動的に締まる。この挙動変化が自然であるほど、ライダーはサスペンションの存在を意識しなくなる──そしてそれこそが高性能サスペンションの理想形とされる。
ブレーキは前輪にBrembo Stylema モノブロックキャリパーを採用。Stylemaは従来のM50キャリパーの後継として2018年頃に登場したもので、キャリパーボディの肉抜きパターンを最適化することで放熱性と剛性の両立を図っている。320mm径のフローティングディスクとの組み合わせで、制動力そのものよりもコントロール性──レバー入力に対する減速Gのリニアリティ──に重きを置いた設計思想が見て取れる。
Photo by Václav Pechar on Unsplash
電子制御の深層──6軸IMUとライダーの関係性
990 DUKEと1390 SUPER DUKE R EVOに共通するのは、電子制御の階層が深いことである。単にABSやトラクションコントロールがついている、という次元ではない。両車ともにKTMが「Motorcycle Stability Control(MSC)」と呼ぶ統合制御プラットフォームを採用しており、その中核に6軸IMUが据えられている。
6軸IMUが何をしているかを簡潔に言えば、「車体が今どの方向にどれだけの速度で傾いているか」をリアルタイムで把握することだ。この情報をもとに、コーナリング中のブレーキング(いわゆるコーナリングABS)では、前輪ロックだけでなく後輪の浮き上がり(リフト)や車体の起き上がり(スタンドアップ)を抑制する方向に制御が入る。加速時にはリアタイヤのスピン量をモニターし、トラクションコントロールが段階的に点火時期やスロットル開度を調整する。
ここで見逃されがちなのは、「ライダーモード」による電子制御の味付け変更が、単にパワーの大小を切り替えるものではないという点だ。たとえばKTMの「RAIN」モードでは、最高出力そのものを絞るだけでなく、スロットルのゲイン(レバー操作量に対する出力変化の比率)を緩やかにし、ABS介入閾値を早めに設定し、トラクションコントロールの介入度も上げる。逆に「TRACK」モードではウイリーコントロールの介入を最小限にし、ライダーの意図を最大限尊重する方向に振る。つまり、モード切替とは単一のパラメータではなく、複数の制御マップを連動させた「人格の切替」に近い。
1390 SUPER DUKE R EVOではさらに、スマートフォン連携によるKTMyRIDEアプリを通じて、各制御パラメータの微調整が可能とされる。こうした機能は、サーキットユースを想定したセッティングの追い込みに有用だが、公道においても「自分好みの介入度」を探る楽しみを提供する。ただし、保安基準の範囲内で電子制御を無効化することの是非は、常に議論の的であり、メーカーとしては完全オフを推奨していない。
Photo by Sumit Saharkar on Unsplash
📺 関連映像: KTM 1390 Super Duke R EVO 2025 test — YouTube で検索
市場での立ち位置──ヤマハMT-09、Triumph Speed Triple との距離感
990 DUKEが直接対峙するのは、ヤマハMT-09やTriumph Street Triple RS、さらにはDucati Monster SPあたりだろう。MT-09は2024年モデルで排気量を890ccに拡大し、CP3(クロスプレーン3気筒)エンジンの独特なパルス感で根強いファンを持つ。Street Triple RSはMoto2由来の765cc三気筒で、サーキット志向のライダーから高い評価を受けている。
これらに対して990 DUKEが持つ最大の武器は、排気量の余裕とそこから来る中回転域のトルク、そしてKTM特有のVツインフィールだ。三気筒勢がリニアな回転上昇を美点とするのに対し、75度Vツインは不等間隔燃焼による独特の蹴り出し感を持つ。これは好みの問題であり、どちらが優れているという話ではない。ただ、Vツインの鼓動感を好むライダーにとって、990 DUKEの947ccという排気量は「日常で使い切れるパワーの上限」に近い位置にあり、持て余さずに楽しめるという評価が一般的だ。
1390 SUPER DUKE R EVOの競合はより限られる。Ducati Streetfighter V4、Aprilia Tuono V4 Factory、BMW S 1000 Rといった面々だが、これらの多くは四気筒エンジンを搭載している。ツインシリンダーで190PS超という立ち位置は、実は市場においてかなり独自性が高い。四気筒の滑らかな高回転パワーとは異質な、低中回転域から湧き上がるようなトルク特性が、SUPER DUKEシリーズの持ち味とされてきた。
価格面では、990 DUKEは欧州市場で12,000ユーロ前後からのスタートとされる(日本国内価格は為替や諸費用により変動するため、正規ディーラーでの確認を推奨する)。1390 SUPER DUKE R EVOは上位グレードということもあり、20,000ユーロを超える価格帯に位置する。いずれも安い買い物ではないが、WPサスペンションやBremboブレーキといったプレミアムコンポーネントが標準装備であることを考えると、購入後にサスペンション交換やブレーキアップグレードにかける費用が抑えられるという見方もできる。
Photo by 70_musclecar_RT+6 (CC BY-SA 2.0) via Wikimedia Commons
まとめ──オレンジが示す「ネイキッドの現在形」
KTM 990 DUKEと1390 SUPER DUKE R EVOは、同じブランドから同時期に出た二台でありながら、狙いの異なる思想を体現している。990 DUKEはLC8cエンジンの洗練と軽量車体の組み合わせで「日常と非日常の境界を消す」方向に振り、1390 SUPER DUKE R EVOはLC8エンジンの暴力的なまでのトルクをセミアクティブサスペンションと高度な電子制御で「公道に着地させる」方向に振っている。
KTMは経営上の困難を乗り越えつつある最中にあり、この二台のニューモデル投入は、ブランドとしての技術的な体力がまだ十分に残っていることの証左でもある。Vツインのネイキッドスポーツという領域で、ここまで明確に「ミドル」と「フラッグシップ」を分けて提案できるメーカーは多くない。
購入を検討する読者にとっては、まず正規ディーラーでの実車確認が最善の入口となる。サスペンションの動き、ハンドルの切れ角、シート高と足着き性──こうした要素はスペックシートだけでは判断できない。特に990 DUKEの車重189kgという数値が体感としてどう効くかは、跨ってみなければわからない部分が大きい。
より深くKTMのエンジニアリングやブランド史を知りたい場合は、以下の資料が参考になる。『KTM Motocross and Off-Road Performance Handbook』(Donny Petersen著)はオフロード寄りの内容だがKTMのエンジン設計思想の根幹に触れている。国内誌では『RIDERS CLUB』2024年8月号がKTMの最新モデルを技術的に掘り下げた特集を組んでおり、また『MOTORRAD』2025年4月号ではドイツ本国の視点から1390 SUPER DUKE R EVOのインプレッションが掲載されている。いずれもバックナンバーの入手は可能なはずだ。
Photo by Sumit Saharkar on Unsplash
本記事はメーカー公開資料・雑誌バックナンバー・公開報道を編集したものです。公道での違法改造・スピード超過・無保険走行を推奨するものではありません。車両の購入・カスタム・メンテナンスは、必ず正規ディーラーまたは認証整備工場にご相談ください。
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