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2026-07-07車種 Wiki

Moto Guzzi Le Mans Mk.I〜III——縦置きV型90度が生んだ、もうひとつの「速さ」の系譜

モト・グッツィ ル・マンのMk.IからMk.IIIまでを設計思想・エンジン構造・相場の現在地で読み解く

Moto Guzzi Le Mans Mk.I〜III——縦置きV型90度が生んだ、もうひとつの「速さ」の系譜
Photo by Atom Riders · Source

「速いグッツィ」という異端——Le Mansが背負った命題

1976年、ミラノ・ショーで発表された Moto Guzzi 850 Le Mans(のちにMk.Iと区別される初代)は、イタリアン・スポーツの文脈でも異質な存在だった。同時期のライバルを思い浮かべれば、ドゥカティ 900SS は挟角90度Lツインをフレーム内に縦に積み、ラヴェルダ 1000 はDOHC並列3気筒で暴力的なパワーを誇った。どちらもエンジンの搭載方向はクランクシャフトが車体横方向——つまり二輪車としてはきわめてオーソドックスなレイアウトである。グッツィだけが違った。クランクシャフトを車体前後方向に据え、シリンダーを左右に張り出した縦置きV型90度OHV。BMWと共通する基本配置だが、BMWが水平対向であるのに対しグッツィはシリンダーを前傾・後傾させたVツインであり、エンジンの存在感はまるで別物だ。

Le Mans の企画意図は、ツアラー然としたV7 Sport以来の縦置きVツイン・スポーツの系譜を、当時の量産車最高速域——公称値で200km/h超——へ押し上げることにあったとされる。設計を率いたリノ・トンティが引いたフレームの骨格は、V7 Sportで採用されたダブルクレードルの発展形であり、エンジン自体をストレスメンバー的に利用する思想は、後のスポーツバイクに先駆けていた。

Moto Guzzi Le Mans Mk1 vintage motorcycle Photo: Moto Guzzi Le Mans Mk1 by Brog, via Wikimedia Commons (CC BY-SA 3.0)

Mk.I(1976–1978)——丸いタンクと角いビキニカウルの合理

初代 Le Mans の排気量は844ccと表記されるが、これはボア83mm×ストローク78mmから導かれる実測値に近い数字である。イタリア本国の型式名は「850 Le Mans」。圧縮比は公称10.2:1まで引き上げられ、デロルト PHF 36mmキャブレターを2基装備し、最高出力は71PS/7,300rpm前後とされた。同時期のT3(ツアラー仕様)がPHF 30mmで約55PSだったことを考えると、同一エンジンの味付けだけでこれほど差が出るのかという驚きがある。

Mk.Iの外装で最も印象的なのは、ビキニカウルとデュアルシートの造形だろう。カウルは小ぶりだが風洞実験の結果ではなく、当時のエンドurance レーサーの意匠を量産に落とし込んだものとされる。タンクは丸みを帯びた鋼板プレスで容量約22リットル。リアにはセパレート式のテールカウルが付き、グラブバーが露出するデザインだった。足回りはフロントにマルゾッキ製35mm正立フォーク、リアはトンティ式スイングアームにコニ製ツインショック。ブレーキは前後とも連動式(インテグラル・ブレーキング)——リアペダルを踏むとフロント左ディスクにも油圧が回る——で、これは当時から賛否が分かれた機構だが、グッツィの設計陣は安全装備として最後まで譲らなかった。

エンジンの構造的な特徴をもう少し掘り下げる。縦置きVツインはクランクシャフトが前後方向に走るため、シャフトドライブとの親和性が極めて高い。チェーンを介さずにクランクの回転をそのまま後輪に伝えられる——正確にはベベルギアを1組噛ませるだけで済む——ため、駆動系の構成がシンプルになる。一方、加減速時にシャフトのトルクリアクションで車体が左右どちらかに傾こうとする癖が生じる。これは縦置きエンジン共通の宿命であり、BMWも同様だ。グッツィの場合、スロットルを開けるとリアが沈みつつ車体がわずかに右に振られる挙動が一般に指摘される。この特性を「味」と捉えるか「欠点」と捉えるかが、グッツィ乗りの分水嶺だと言われる。

Moto Guzzi V-twin engine detail close-up motorcycle Photo by Laurenz Kleinheider on Unsplash

Mk.II(1978–1983)——角ばった時代の空気と排気量据え置きの理由

Mk.IIは1978年のミラノ・ショーで登場した。外観上の最大の変更点は、角型断面のビキニカウルとシートカウルへの刷新である。1970年代末は世界的にデザインの「角化」が進んだ時期で、カワサキZ1000MK.IIやスズキGS1000Sが同時代にあったことを思えば、時代の空気そのものだった。

エンジンの基本スペックはMk.Iからほぼ変わらない。ボア×ストロークは同一の83mm×78mm、排気量844cc。キャブレターもデロルト PHF 36mmを踏襲した。ただし圧縮比がわずかに変更されたとする資料もあり、出力もカタログ値で71〜73PS程度と微妙に揺れる。この時期のイタリア車は本国仕様・輸出仕様・ドイツ向け仕様でキャブセッティングや点火時期が異なることが珍しくなく、単一の公称スペックを確定しにくい。

Mk.IIで注目すべき変更点は足回りにある。フロントフォークがマルゾッキからチェリアーニに変更されたとする文献が複数あるが、年式や仕向地によって異なるという説もあり、断定は避ける。ブレーキディスクの素材やパッドの仕様にも小変更が入ったとされる。リアショックはコニ製を継続し、車体構成の大枠はMk.Iを踏襲した。つまり Mk.IIは、エンジン・フレームの基本設計を据え置いたまま、外装と細部のアップデートで商品力を維持する「マイナーチェンジ」の性格が強かった。

排気量を上げなかった理由は諸説ある。イタリア国内の保険・税制区分で1000cc未満に留めるメリットがあったとする解釈が一般的だ。一方、グッツィは同時期に1000cc版のSP(スポーツ仕様)やG5(ツアラー)を展開しており、Le Mansの排気量拡大はMk.IIIまで温存されたことになる。

Moto Guzzi Le Mans Mk2 motorcycle side profile Photo by Marius on Unsplash

📺 関連映像: Moto Guzzi Le Mans Mk2 sound exhaust ride — YouTube で検索

Mk.III(1981–1984)——1000ccへの拡大と、最後の空冷スポーツとしての輝き

Mk.IIIは1981年に登場し、ついに排気量が948ccへ拡大された。ボアを83mmから88mmに広げ、ストローク78mmは据え置き。圧縮比は9.8:1とされ、Mk.Iの10.2:1から下がっているが、排気量増に伴い最高出力は公称約76〜80PS/7,000rpmに上昇したとされる。トルクの増加はそれ以上に体感的だったと言われ、3,000〜5,000rpm付近の中間域の力強さがMk.IIIの持ち味とされる。

キャブレターはデロルト PHF 36mmを継続したが、ジェッティングは当然変更されている。点火系はポイント式からマレリ製の電子点火に切り替わり、始動性と低回転域の安定性が改善されたとされる。この変更は信頼性の面でも大きく、旧来のポイント式はコンタクトブレーカーの摩耗と調整が避けられなかったが、電子点火への移行で定期的なポイント調整から解放された。

外装デザインはMk.IIの角型カウルを基調としつつ、細部の意匠が変わった。サイドカバーの形状、シート表皮のパターン、メーター周りの処理など、並べてみなければ気づかないレベルの差異だが、Mk.IIとMk.IIIを見分ける際の手がかりになる。最も確実な識別点はエンジンのボア径——つまりシリンダーの外径を目視で確認すること——と、点火系の有無(ポイントカバーの有無)だろう。

Mk.IIIは Le Mans シリーズの完成形と位置づけられることが多い。排気量の余裕、電子点火の信頼性、シャフトドライブの低メンテナンス性が揃い、長距離を走っても破綻しにくいスポーツツアラーとしての実力が最も高い。一方で、Mk.Iの軽さ(乾燥重量は公称約210kg前後。Mk.IIIは215kg前後とされる)と、高圧縮比による鋭い吹け上がりを好む層はMk.Iを至上とする。この好みの分裂が、そのまま中古相場の構造に反映されている。

Moto Guzzi Le Mans Mk3 1000cc Italian sportbike motorcycle Photo by Bob Osias on Unsplash

相場と入手性——2020年代後半の現在地

Le Mans の中古相場は、2010年代後半から明確な上昇傾向にある。欧州のオークション結果や専門ディーラーの提示価格を見る限り、Mk.Iのレストア済み良個体は200万円〜350万円程度が目安となる(為替や個体のコンディションにより大きく変動する)。Mk.IIは相対的に安価で、150万円〜250万円程度。Mk.IIIは実用性の高さから走行距離の多い個体が市場に出やすく、状態次第で120万円〜250万円程度と幅がある。いずれも公開情報による概数であり、個体差が極めて大きい。

日本国内での流通量は欧州やオーストラリアに比べて少ない。専門ショップが散発的に輸入する個体を待つか、欧州のディーラーから個人輸入する手段が現実的だ。個人輸入の場合、排ガス規制の適合確認や予備検査の手間が発生するが、1976〜1984年の製造年式であれば、日本の現行排ガス規制の対象外となるケースが多い(ただし登録地の陸運局判断による)。

部品供給は、グッツィの縦置きVツインとしては比較的恵まれている。エンジン内部のクランクベアリング、ピストンリング、バルブガイドなどの消耗品はヨーロッパの専門パーツサプライヤー(Harper, Gutsibits 等)から入手可能とされる。外装パーツ——特にMk.Iのビキニカウルやタンク——はオリジナルの程度の良いものが希少になりつつあり、FRP製のリプロダクションに頼らざるを得ない場面も増えている。

Moto Guzzi Le Mans classic motorcycle collection Photo by Kelvin Zyteng on Unsplash

📺 関連映像: Moto Guzzi Le Mans Mk1 Mk3 comparison ride sound — YouTube で検索

結局この一台は何だったのか

Moto Guzzi Le Mans Mk.I〜IIIは、「縦置きVツインでスポーツバイクを成立させる」というグッツィ固有の命題に対する、最も純度の高い回答だった。エンジンレイアウトに起因するトルクリアクション、シャフトドライブの駆動特性、左右に張り出したシリンダーヘッドの存在感——これらはすべて設計上の制約であり、同時にこの車の個性そのものである。日本車や他のイタリア車が提供する「速さ」とは座標軸が違う。直線の最高速度やサーキットのラップタイムで語るべきバイクではなく、エンジンの鼓動と駆動系の一体感を味わう乗り物だと言ってしまっていい。

カスタムの方向性としては、FCRやTMRへのキャブレター換装よりも、オリジナルのデロルト PHFのオーバーホールとセッティングの最適化を推す声が専門店には多い。点火系のフルトランジスタ化、ステンレスエキゾーストへの交換、前後サスペンションのオーバーホール——この3点が、Le Mansを現代の交通環境で無理なく走らせるための最も合理的な入口だとされる。

より深く知りたい方には、Ian Falloon著『The Moto Guzzi Sport & Le Mans Bible』(Veloce Publishing)が定番の一冊だ。車体番号やキャブレターの仕様変遷まで網羅されており、個体の年式同定にも使える。グッツィ全史を俯瞰するならMario Colombo著『Moto Guzzi: The Complete History from 1921』(Giorgio Nada Editore)が手堅い。日本語の情報源としては『RIDERS CLUB』2019年3月号がイタリアン・スポーツ特集のなかで Le Mans を取り上げており、バックナンバーを探す価値がある。


本記事はメーカー公開資料・雑誌バックナンバー・公開報道を編集したものです。公道での違法改造・スピード超過・無保険走行を推奨するものではありません。車両の購入・カスタム・メンテナンスは、必ず正規ディーラーまたは認証整備工場にご相談ください。

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