総額25,000ポンドで仕上げる英国流ボバー──トライアンフ・ボバー1200ワイドタイヤ仕様の密度
車両込み25,000ポンドという制約の中で組み上げられたトライアンフ・ボバー1200カスタムの全貌と設計思想を読み解く。

予算に収めるという美学
カスタムバイクの世界には、予算が青天井のプロジェクトほど注目を集めるという暗黙の力学がある。希少なヴィンテージフレームに削り出しパーツを惜しみなく投入し、完成車両が500万、1000万という領域に踏み込む。雑誌映えはする。だが、現実にオーナーが日常で乗る一台として成立するかどうかは、また別の話だ。
英国エセックスを拠点とするPoulson Creative Customsが手がけた「Knight Bobber」は、その対極にある。出典記事によれば、ドナー車両の購入費を含めた総予算が25,000ポンド。2026年8月時点のレートで概算すると約470万円前後だが、この中に2021年式トライアンフ・ボバー1200の車両代が含まれている。つまり、カスタム工賃とパーツ代に回せる原資は限られる。その制約の中で、ワイドタイヤ化という大掛かりな改造まで盛り込んだ点に、このプロジェクトの肝がある。
オーナーであるナイト氏は、同工房が過去に製作した「Dark Night」と呼ばれるシリーズを見て依頼を決めたとされる。そしてワークショップで進行中だったワイドホイール・コンバージョンの作業を目撃し、自分の一台にもそれを組み込むことを望んだ。ビルダーのスチュアート・ポールソン氏にとっては、顧客の要望をすべて受け止めつつ、予算内で破綻なく着地させるという、職人としての腕が問われる仕事だった。
Photo by Sandie Clarke on Unsplash
トライアンフ・ボバー1200という素材の特性
トライアンフ・ボバーは2017年に登場したモデルで、ボンネビル系の水冷並列2気筒1200ccエンジンを搭載する。正式名称は「Bonneville Bobber」。メーカー公称で77PS/4,950rpm、106Nm/4,000rpmというスペックを持ち、ボバースタイルに求められる低中速域の太いトルクを意識したチューニングが施されている。
このエンジンは「HT(High Torque)」と呼ばれるボンネビルT120系と基本設計を共有するが、カムプロファイルやECUマッピングで出力特性を変えている。270度クランクによる不等間隔爆発は、Vツインに似た鼓動感を生む設計思想だ。ハーレーダビッドソンのスポーツスターやソフテイル系ボバーカスタムと比較されることが多いが、トライアンフのそれは英国車らしい回転のスムーズさと、現代的なライドバイワイヤの制御を両立させている点が異なる。
車体側では、リアサスペンションにモノショックを採用しながら、外観上はリジッドフレームのように見せる「ケージドリアサスペンション」が特徴的だ。スイングアームの内側にショックユニットを隠す構造で、ハードテイル・ルックとある程度の乗り心地を両立させている。ホイールベースは1,510mm前後、乾燥重量は約228kgとされる。同年式のハーレー・ストリートボブが乾燥重量で約252kgであることを考えると、20kg以上軽い計算になる。
ドナー車両が走行わずか約1,200マイル(約1,930km)という低走行車だったことも、このプロジェクトにとっては好条件だった。エンジンや駆動系のコンディションに手を入れる必要がなく、予算を外装とシャシー改造に集中できる。
Photo: Triumph Herald 1200 1968 by DeFacto, via Wikimedia Commons (CC BY-SA 2.5)
ワイドタイヤ化の構造と、その代償
ボバーカスタムにおけるワイドリアタイヤは、視覚的インパクトの大きい手法だ。ハーレーのソフテイル系では2000年代半ばから爆発的に流行し、240mm幅や280mm幅のタイヤを履かせるキットが多数流通した。しかし、トライアンフ・ボバーでの同様の改造は、ハーレーほどアフターマーケットの選択肢が多くない。ベルトドライブではなくチェーン駆動であること、スイングアームの構造がハーレーと根本的に異なることが、その理由のひとつだ。
ワイドタイヤを収めるには、スイングアームの幅を拡げるか、オフセットを変更する必要がある。ドライブ側(左側)のチェーンラインを維持しながら右側にタイヤ幅を確保するのが一般的なアプローチだが、これはホイールのセンター位置をずらすことを意味する。結果としてハンドリングに影響が出る。直進安定性は増すが、倒し込みの初期応答は鈍くなるとされる。また、タイヤ接地面の形状がフラットに近づくため、バンク中のグリップ特性も変化する。
Poulson Creative Customsがこのコンバージョンをどのような手法で実現したかの詳細は、出典記事では完全には明かされていない。ただし、ワークショップで進行中の作業をオーナーが目撃して採用を決めたという経緯から、同工房がすでに独自のスイングアーム加工ないしアダプターキットの製作ノウハウを持っていたことがうかがえる。
ワイドタイヤ化は見た目の迫力と引き換えに、タイヤ選択肢の制限というコストも伴う。一般的な180mm幅であれば国内外の主要メーカーから複数銘柄が選べるが、200mm以上になると選択肢は急激に狭まる。長期維持を考えるオーナーにとって、これは無視できないポイントだ。
📺 関連映像: Triumph Bobber custom wide tire build — YouTube で検索
ブリティッシュ・グリーンという選択
Knight Bobberの外装色は「ブリティッシュ・グリーン」と表現されている。英国車のカスタムにおいて、この色は単なる塗装の選択肢ではなく、文化的な記号として機能する。ブリティッシュ・レーシング・グリーン(BRG)はもともとモータースポーツの国際レースにおける英国のナショナルカラーであり、ベントレー、ジャガー、ロータスといった四輪の名門と結びつけて語られることが多い。二輪でも、BSAやノートン、トライアンフの旧車にダークグリーンの塗装が施された個体は、コレクター市場で根強い人気を持つ。
現代のトライアンフが純正カラーにグリーン系を設定することは少なくないが、ボバーの純正ラインナップでは深いグリーンはそれほど定番ではない。Knight Bobberのグリーンがどの程度カスタムペイントなのかは出典記事から完全には判断できないが、車名に「British Green」を冠している点から、意図的にBRGの文脈を引いた塗色であることは間違いない。
カスタムペイントの世界では、ソリッドの深緑は塗装の技術力が露骨に出る色とされる。メタリックやフレークで表面の粗を隠せるキャンディ系と異なり、ソリッドカラーは下地処理の精度がそのまま仕上がりに直結する。とりわけ濃色のグリーンは、光源の角度によって黒に見えたりオリーブに見えたりと表情が変わりやすく、塗装ブースの環境管理と色合わせの経験値が要求される。25,000ポンドという総予算の中でこの仕上げを実現しているとすれば、ビルダーの手際は相当なものだ。
Photo by James Orr on Unsplash
予算制約型カスタムの現在地
カスタムバイクのメディアでは、予算が明示されること自体が珍しい。完成車両の売価が提示されることはあっても、「車両代込みでいくら」という情報が出ることは少ない。その意味で、Knight Bobberの25,000ポンドという数字は、読者にとって貴重な物差しになる。
2026年現在、英国での2021年式トライアンフ・ボバー1200の中古相場は、走行距離やコンディションによるが、おおむね8,000〜11,000ポンド程度とされる。仮にドナー車両を10,000ポンドで入手したとすれば、残りの15,000ポンド(約280万円前後)がカスタム費用ということになる。ワイドタイヤ・コンバージョン、外装ペイント、各部のディテール加工を含めてこの範囲に収めるのは、容易ではない。
日本のカスタムシーンでも、近年は「新車ベースのライトカスタム」と「フルオーダーのショーバイク」の二極化が進んでいると言われる。前者はボルトオンパーツの交換が中心で30〜50万円程度、後者はフレームワークから手がけて300万円以上というケースも珍しくない。Knight Bobberはその中間、つまり車体構造に手を入れつつも日常の足として使える範囲を守った「ミドルレンジ・カスタム」のひとつの基準点を示している。
英国のカスタムシーンは、ハーレー文化の強いアメリカとも、カフェレーサー至上主義のイメージで語られがちな過去の英国とも異なる位相にある。トライアンフのモダンクラシック系をベースにしたボバーやスクランブラーのカスタムは、2010年代後半から確実に層を厚くしてきた。Poulson Creative Customsのような工房が、ショーバイクではなく「顧客が乗る一台」としてこの水準の仕事をしている事実は、そのシーンの成熟度を物語る。
Photo by PattayaPatrol (BY-SA) via Openverse
📺 関連映像: Triumph Bobber 1200 custom ride — YouTube で検索
まとめ
Knight Bobberの価値は、突出した一点豪華主義にあるのではない。限られた予算の中で、ワイドタイヤという構造的に難易度の高い改造を含めつつ、ブリティッシュ・グリーンの外装で英国車としてのアイデンティティを貫き、走行1,200マイルの低走行車をベースに無駄なく仕上げた──その全体の設計判断の密度にある。
トライアンフ・ボバー1200は、カスタムベースとしての評価がハーレーのソフテイル系ほど確立されていない。だからこそ、こうした実例の蓄積が重要になる。ドナー車両の選び方、予算配分の考え方、ワイドタイヤ化に伴う構造的トレードオフ。Knight Bobberは、これからトライアンフ系ボバーカスタムを検討する人にとって、具体的な判断材料を提供してくれる一台だ。
出典: Pipeburn
トライアンフのモダンクラシック系エンジンの設計思想やボンネビル・ファミリーの系譜を深く知りたい方には、イアン・ファルーンの『Triumph Bonneville: 60 Years』(Veloce Publishing)が基本文献として手堅い。また、国内のカスタムシーンにおけるボバー文化の変遷やビルダーの仕事を追うなら、『カスタムバーニング 2023年10月号』(造形社)のボバー特集が参考になる。
本記事はメーカー公開資料・雑誌バックナンバー・公開報道を編集したものです。公道での違法改造・スピード超過・無保険走行を推奨するものではありません。車両の購入・カスタム・メンテナンスは、必ず正規ディーラーまたは認証整備工場にご相談ください。
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